前回の続きです。
前回は、事業所のサービスを利用するルールは、とても困っていて、求める声が小さい人の「必要」に応えるためにあると考えました。
自分のおこなう援助が、どんな「必要」に届いているのかを追いかけていると、あつれきが生じることもあるでしょう。
別の家族から、どうして申し込んだ通りに利用できないのかと尋ねられました。
希望通りに必要な時間が確保できないと(家族が)困るという主旨でした。
ごもっともだと思います。
事業所で提供できるサービスの量(パイ)が限られていることは課題です。
こうした現状があるから、サービス利用には「上限」を設定せざるを得ない。
やむを得ないと開き直るつもりはありませんが、限られたパイのなかで、多くの援助者が奮闘していることと思います。
ニーズに充分応えられていない後ろめたさから、できるだけ多く利用してもらった方が良いのではないか等、漠然と「もっと頑張る」を目指したくなることもあります。
関係者や学校など周囲に影響力のある家族の場合(つまり声が大きい)、応えておいた方が無難なのではないかといった気持ちもよぎります。
事業所のなかからも、申し込みのない特定の家族を優先することに、不公平との指摘があるかもしれません。
たとえば上司から利用実績数を期待されていれば、なおさらやりづらさを感じるでしょう。
あるいは、学齢期の子どもと家族のプライバシーに踏み込んで、援助者が「必要」を判断しようとする姿勢におこがましいと批判もあるかもしれません。
…書いていて、段々しんどくなってきてしまいました。
気を取りなおして、もっとも援助を「必要」とする人の置かれた状況を考えます。
それでも、誰にとっての「公平」なのかを考えないと、自分の援助を誰に届けたいのかにこだわらないと、つながりにくい人が社会の中で置いていかれてしまうのではないか。そんな焦燥感を覚えます。
福祉サービスの事業所には、つながりにくい人の「必要」に対応しようとしている援助者がいると私は思います。